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1996年アトランタ大会


柔道
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男子柔道、野村忠宏が金メダル 「無名」も味方


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表彰式の後でメダルをかじり、おどけたしぐさをみせる野村忠宏選手

柔道の男子60キロ級で野村忠宏(21、天理大)が金メダルを獲得した。

野村は3回戦で昨年の世界選手権優勝者、ニコライ・オジェギン(ロシア)を破って勢いに乗った。決勝ではジロラノ・ジョビナッツォ(イタリア)にポイントを先行されながら、背負い投げで快勝した。

場内に落胆のどよめきが満ち、そして、力なく引いていった。会場の片隅で自分の試合を待っていた野村忠宏選手の前で、だれもが負けるはずがないと思っていた田村亮子選手が負けた。

3分後、野村選手の決勝が始まった。

「動揺することはなかった」という。しかし、自分では気がつかないうちに野村選手の顔はこわばっていた。「強気だ、強気!」。コーチ陣から声がかかる。言葉は返さない。にらみ返す。こわい目だ。アトランタでの初練習の後、「こんなたくさんの記者に囲まれたのは初めてなので……」と照れた若者は、そこにはいない。「気合を入れて、集中力を高めたんです」

日本柔道最後の男が畳に上がった。田村選手の敗北のショックで、観客席は静まり返ったままだ。男子柔道の日本代表選手の中で最年少の21歳。五輪はもちろん世界選手権の出場経験もない。

だから、金メダルを期待される選手ではなかった。「新聞を見ても(自分のことは)ちょこっとしか出ていないから、柔道を知らない人は自分のことを知らないと思う」

決勝戦。ポイントが先行しても守りに入らない。最後まで一本を狙って攻め続ける。残り27秒、背負い投げ。野村選手は日本柔道のアトランタ最後のメダルを、鮮やかに、金色に決めた。観客席は総立ちになった。田村選手の試合が始まってから17分後だった。日本柔道の戦いが終わった。

観客席の野村選手の両親は報道陣に囲まれると「今はご苦労さま、といいたい」と笑顔をみせた。父親の基次さんは、上ずった声で「今までで最高の試合だったと思う」と話した。

(1996年7月26日)
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