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1996年アトランタ大会


1996年のニュース

「寅さん」48作主演 渥美清さん死去


写真
「男はつらいよ」のロケでの俳優の渥美清さん(左)と浅丘ルリ子さん=95年11月、鹿児島県・奄美の加計呂麻島で

映画「男はつらいよ」シリーズの寅(とら)さんとして、巧みな話術とペーソスに富んだ演技で国民的な人気を集めた俳優の渥美清さんが4日午後5時10分、転移性肺がんのため、都内の病院で死去したことがわかった。68歳だった。

渥美さんは2年前に肺がんだとわかり、治療を続けていた。病状は好転しているように見えたが、今年7月末に再発がわかり、入院。31日に手術を受けたが手遅れだった。

役者としてのイメージを大切にし、私生活を公にするのを嫌った渥美さんは、去り際でも美学を貫いた。病気のことは、家族3人だけが知っていたという。映画会社の松竹によると、「遺体を荼毘(だび)に付すまで死を公表しないでほしい」との故人の遺志で、密葬は妻正子さんと二人の子供だけですませた。親族や「男はつらいよ」シリーズの山田洋次監督ら映画関係者も、6日午後まで知らされなかったという。

1928年東京・上野生まれ。子供のころから芝居好きで、巣鴨中学(旧制)卒業後、知人に誘われ旅回りの軽演劇一座に参加。数々の大衆演劇劇団を渡り歩く。53年にストリップ劇場の浅草フランス座に入座。浅草軽演劇の黄金時代に、コメディアンとしての才を磨いた。

人気が上り坂の54年に肺結核で倒れ、片肺を切除したが、3年後に復帰。59年にはテレビにも進出し、61年のNHKテレビのバラエティーショー「夢であいましょう」のレギュラーや、62年のフジテレビの「大番」の主役で、お茶の間の人気者としての地位を確立する。

映画俳優としての出世作は、63年の野村芳太郎監督の「拝啓天皇陛下様」。無知で粗野だがひたむきな、愛すべき庶民像を生き生きと演じた。その後、羽仁進監督の「ブワナ・トシの歌」などにも出演した。

人気を決定付けた山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズは、68年にフジテレビの連続ドラマとして始まり、翌年に映画化。全国を渡り歩く主人公「フーテンの寅」は、渥美さんが少年時代に見かけたテキ屋の思い出をもとに、山田監督が作り出したキャラクターで、本人の代名詞ともなる当たり役となった。映画は、今年の正月作品「男はつらいよ・寅次郎紅(くれない)の花」まで48作。世界にも類のない長寿シリーズとしてギネスブックにも登録され、渥美さんはすべてに主演した。


  ※96年8月8日付の朝日新聞朝刊の記事をもとにしました。

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