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柔道
田村亮子、悲願の金 |
人生最良の日が、ついにきた。田村亮子。25五歳。柔道の関係者だけではない。日本国民の多くが待ち望んでいた金メダルが、ようやく、その小さな手の中に収まった。
シドニー展示場ホールでの決勝は、試合前から興奮のるつぼだった。満員の会場の8割は日本人。振られる日の丸が、田村を後押しした。相手は欧州選手権2位のロシアのブロレトワ。開始36秒だった。動きながらの内またに相手の体が宙を舞う。一本。目を赤くし、両手を突き上げて何度も跳び上がる田村を、大歓声が包み込んだ。
世界選手権4連覇、福岡国際女子選手権は10連覇。だが、ここ1、2年はその差はかなり詰まってきた。忍び寄る衰え。敗戦への恐怖。全力で走り続ける笑顔の裏には、いつも不安とおびえがあった。準決勝。アトランタで敗れたケー・スンヒと同じ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のチャ・ヒョニャンに終盤まで苦しんだ。相手の組み手を気にして飛び込めない。残り20秒近くになって、体落としから攻め込み、寝技へ。旗判定で競り勝った。
決勝前。控室で田村は自分のアルバムを見返したという。小さいころからの柔道の仲間。応援してくれた人たち。そして家族。一人ひとりの顔を思い浮かべた。そのすべての人たちとともに戦うために。
ケー・スンヒに敗れた悪夢から4年。「最高でも金、最低でも金」。それほどまでに自分に高いハードルを課してきた選手は、女子では過去に例がない。柔道を始めたのが8歳。地球儀をまわしながら思い描いた五輪への「夢」は、欧州、アメリカ大陸を経て、南半球の新大陸で現実になった。
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