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2004年アテネ大会


自転車
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自転車チーム、世界で勝つ実現


写真
表彰式で銀メダルを胸に花束を掲げて喜ぶ(左から)長塚智広選手、伏見俊昭選手、井上昌己選手

日本選手団の好調が8月21日も続いた。自転車の男子チームスプリントで銀メダルを獲得し、チームを組んだ3人は笑顔を見せた。


プロ3人組が、五輪の大舞台でシルバーに輝くメダルをもぎ取った。自転車競技のチームスプリントで銀メダルを獲得した伏見俊昭(28)、長塚智広(25)、井上昌己(25)は、競輪のトップ選手だ。「夢を追いたい……」。五輪にかけた情熱が実を結んだ。

表彰式では、お互いに肩を組み合って花束を高く揚げた。競輪で勝った時とは違った高揚感が、3人の表情にあふれた。伏見はかけられたメダルの重みを確かめるように右手で持って見つめた。

「夢は、金じゃ買えない」。01年に2億円を獲得して競輪選手トップの賞金王になった伏見は、出場機会を減らしてまでアテネ五輪を目指した理由をこう語っていた。

最年長で、プロの実績もある伏見がチームのリーダーだ。子ども時代、働きながら育ててくれた母を少しでも楽にさせたいと、競輪選手を目指した。95年にプロデビューを果たした。2年で「S級一班」入り。トップ選手に仲間入りし、夢を手にしたように思った。

00年、「人生最大の挫折」が訪れた。シドニー五輪選考を兼ねた全日本プロ選手権の千メートルタイムトライアルで優勝。代表に選ばれる自信はあったが、紙一重で4人の枠から漏れた。1カ月、眠れなかった。

「練習は誰のためでもない。自分のためだ」。高校時代の恩師の言葉を胸に、練習に明け暮れた。「1人のアスリートとして、世界で勝ちたい。人生で一度きりのチャンスかもしれない」

夢を追い求めたい。その気持ちは3人に共通していた。第三走者の井上は競輪選手だった父日出男さんを追うように、高校卒業後に競輪の道に進んだ。当時から「金を稼ぐだけでなく、五輪に出たい」と話していた。

福島県白河市の伏見の実家では、テレビの生中継を見ながら、母のツル子さんらが、歓声をあげた。「収入のある競輪と違って世界と闘う五輪で活躍できた。とても名誉なことです」

競技後、伏見は満足そうに語った。「日本で勝つのもうれしいけど、五輪は世界一の試合ですからね」

(2004年8月22日)

※04年8月15日の朝日新聞の記事をもとに再構成しました。

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