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柔道
野村、五輪3連覇の偉業を達成 |
アテネ五輪第2日は14日、本格的に競技が始まり、男子60キロ級の野村忠宏(ミキハウス)は個人種目では日本選手初の五輪3連覇の偉業を達成し、1928年のアムステルダム大会男子三段跳びの織田幹雄以来、日本選手団が夏季五輪で獲得した通算100個目の金メダルを手に入れた。
「3連覇したい気持ちはもちろんあるけど、もう一度世界の頂点を極めてみたい」
夢をかなえた野村が畳の上で、いま、喜びをかみしめている。
3連覇の畳には、それぞれ違う野村がいた。
96年アトランタ。無名の21歳は、ごった返した空港で、彼の顔など知らないカメラマンに突き飛ばされたことがある。ライバルたちに悟られていない背負い投げで、次々と相手を倒していった。
00年シドニーは、脂が乗り切った25歳だった。内またや大外刈り、肩車と多彩さを身につけて頂点に立った。
そして04年。アテネは29歳で迎えた。年齢とともに、疲れが回復しなくなってくる。マッサージや栄養補助食品。体を気遣う努力を始めた。
畳の上では、多彩な攻めを磨こうとしていた。しかし、五輪を前に気持ちが変わっていた。7月、野村は話している。
「得意技、いいところを研ぎ澄ますことが大切だと思った。信頼できるのは、やっぱり背負い」
ライバルは野村に対して、以前と同じ多彩な攻めのイメージのままだ。体の無理が少しずつきかなくなってきた彼は、それを利用しようとした。
大外刈りなどを警戒する相手の裏をかくように背負い投げをうった。アテネの序盤、2回戦、3回戦は、この得意技で勝ってきた。原点に返った柔道にたくましさがあった。祖父は名門道場を創始した。父は長く天理高の柔道部長だった。おじの豊和さんは72年ミュンヘン五輪の軽中量級王者だ。
「世界一を目指す過程は、ふつうの生活では味わえない」。野村が、柔道一家に新しい1ページを書き加えた





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