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谷、再び金


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決勝でジョシネ(仏)を攻める谷亮子

アテネ五輪第2日は8月14日、本格的に競技が始まり、注目の柔道女子48キロ級で谷亮子(トヨタ自動車)が日本女子初の五輪連覇を成し遂げた。2回戦から登場した谷は、すべて一本勝ちで決勝に進み、最後はフレデリク・ジョシネ(フランス)に優勢勝ちして悲願を果たした。


ぴょんぴょんと跳ねた後、飛び切りの笑顔がはじけた。顔を覆うと、口元がゆがんだ。その落差に、谷の喜びと苦しさが表れていた。

「シドニーより何倍もうれしい。すごい期待を受け、ものすごい集中力、忍耐力でここまでやってきた。言葉で説明するのは難しいぐらいです」

決勝の相手は予想通りジョシネ。長身のライバルは、反則を覚悟で谷の右側を両手でつかみ、強引に投げをしかけてくる。女王は動じない。右を狙われたら、反対に右から大外刈りを繰り出す。相手の勢いを利用した背負い投げでもポイントを稼いだ。

「私の中にセンサーがいくつもある。それがフル稼働するんです」

終了間際に大内刈りで技ありをとると、勝負は決まった。

谷がターニングポイントと位置づける大会がある。01年7月の世界選手権。直前に右ひざ靭帯(じんたい)に大けがを負いながら、史上初の5連覇を成し遂げた。「苦しかった。すべての神経を集中して戦った」。試合後は精根尽き果て、抜け殻のようになっていた。

「あの試合の後からですね。私の中のセンサーが、より敏感になった」

今大会も約1カ月前に左足首の腓骨筋腱(ひこつきんけん)を損傷した。万全とは言えない状況の中で、一本勝ち3試合と技ありによる優勢勝ち1試合。シドニーに勝る内容だった。

会場には、野球の日本代表として15日に初戦を迎える夫・佳知の姿があった。「女性として五輪チャンピオンの欄に二つの名前を刻める。すごく感動しています」

「RYOKO TAMURA」に続き、「RYOKO TANI」も、五輪金メダリストとして語り継がれる名前となった。

(2004年8月15日)

※04年8月15日の朝日新聞の記事をもとに再構成しました。

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