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2004年アテネ大会


2004年のニュース

スマトラ沖地震 各地で大きな被害


写真
津波から一夜明けたパトン中心部。車の上に車が乗り上げていた

インドネシア西部のスマトラ島沖で12月26日午前8時(日本時間同10時)ごろ、強い地震が発生し、大規模な津波がスリランカやインド、タイ、マレーシアなどインド洋沿岸諸国を襲った。各地の死者総数は少なくとも6600人を超え、さらに多数が行方不明になっている。バンコクの日本大使館によると、タイ南部の観光地プーケット島、カオラック、ピピ島の3カ所で約20人の日本人観光客と連絡が取れず、うち10人は目撃証言などから波にのまれた可能性が高いという。


「突然、列車が猛スピードで走っているようなゴーという音がした。外を見ると、巨大な波が立ち上がっていた」

スリランカ南部の閑静なリゾート地・ウナワトゥナ。その瞬間を目撃した女性は、インドのテレビ局にそう語った。「なにもかもが濁った水で洗われた。波が引いた後は、街角に死体がころがっていた」

26日夜現在、最大の死者数が伝えられている国はスリランカだ。震源から1400キロ以上で、ベンガル湾を挟んだ「対岸」にあたる。南部の住民が語ったところでは、地震発生から約3時間後のスリランカ時間午前10時(日本時間午後1時)ごろ、津波がやって来た。

現地の目撃者は「巨大な水の壁」が押し寄せてきた、と表現した。簡素な建物はぺしゃんこにつぶされた。自動車やバスは仰向けか、横倒しになった。

被害の大きい港町ムトゥールで救助活動をしている地元当局責任者のロドリゴ氏は「犠牲者はまだまだ増える」と言う。同国南部マタラの警察官は「水に浮かんでいる死体を多数見たとの報告が次々入っている。海水が上水道施設に流れ込んでおり、飲み水の確保も難しい」と語った。

インドの被害も大きい。南部の港町では、日曜の朝市のために人々が多く集まっていたようだ。報道によると、漁を終えて港に帰る漁師や、その夫を待つ妻、市場関係者らが港にいたところを波にさらわれたケースが各地で相次いだ。

南部アンドラプラデシュ州に住むラマナムルティさんはAP通信に語った。「港につながれていた漁船が、紙で作った船みたいに波の上を跳びはねていた。漁師たちは必死に船につかまっていたが、海に落ちていった」

同国のテレビは、200人近くが犠牲になったタミルナド州の町カダロールの遺体収容の様子を繰り返し伝えている。

一方、震源に近いインドネシアのスマトラ島北部の都市バンダアチェなどでは、電気や水道が止まった。同市にある高級ホテルは建物の一部が壊れたほか、ロクスマウェでは津波により、海岸地帯が浸水している。

地元の当局者がAFP通信に語ったところによると、海岸を襲った津波は高さ10メートルにものぼり、ほとんどの家が流失か、倒壊したという。

(2004年12月27日)

  ※津波が発生した翌日・04年12月27日の朝日新聞朝刊の記事をもとにしました。死傷者の数は第1報のものです。05年1月31日に、インドネシア保健省は同国の死者を10万5162人、行方不明者を12万77744人と発表しました。AP通信が伝えた。被災各国の死者・行方不明者数を報じるロイター通信の集計に加えると、死者・不明者数の総数は30万2千人を超えたことになります。

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