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おもちゃコレクターとして世界に知られ、テレビ番組などへの出演でもおなじみの北原照久さん。彼が歩んできた人生は、懐かしい昭和のおもちゃたちにささえられていると言っても過言ではない。
「おもちゃの恩返し」−そんな彼の思い出の中から、現代人が忘れかけた大切な昭和のメッセージを探っていこう。
1986年、北原さんが37歳で初めて開設したブリキのおもちゃ博物館には、明治・大正時代の希少なものから、昭和30年代から40年代の「ブリキのおもちゃブーム」と言われる時代に作られたもの、いかにも外国向けに作られた顔立ちや風情のものなど、3千点以上の懐かしいレトロなおもちゃが並ぶ。ここを訪れた人は、巨大な宝箱のような風景に思わず息をのまずにはいられない。
「ぼくがおもちゃを集め始めたのは25歳のとき、昭和50年ごろ。日本全国をくまなく回りました」
20代前半は家業のスキー用品店を手伝いながら、古い時計やペコちゃんなどの広告もの、真空管ラジオを集めていたという北原さん。25歳になったとき、インテリア雑誌で、大量のおもちゃが飾られたあるデザイナーの自宅を発見。ひとめで感動し、さっそく出版社に連絡を取り、彼と知り合いになったという。
「だって、子どものころに憧(あこが)れたおもちゃが山ほどあるんですよ。こんなに好きなものに囲まれて暮らせればどんなにいいだろう、と思ってね」
それ以来、2人は休日を返上し、全国のおもちゃ屋めぐりを始めた。「情報もコネもなかったけれど、楽しかった。まるで宝探しのような毎日でした」

懐かしい子どもの頃を思い出させてくれるブリキのおもちゃたち。その最盛期だった昭和30年代はどのような時代だったのだろう?
「遊びといえばメンコや缶蹴(け)り。ちょうど、建築中の東京タワーを毎日眺めながら駆け回っていましたね。デパートや町のおもちゃ屋にはブリキのおもちゃが溢(あふ)れていたけれど、そんなものは憧れの憧れ。まだまだ貧しい時代だったから、やっと買ってもらえたおもちゃは宝物でした」
なかでも北原さんの印象に残っているのが、アメリカの戦闘機を模したもの。直径30センチほどだが、体の小さい子どもにとっては、まるで何メートルもある巨大な飛行機に感じられたという。
ところで、いまでこそレトロな魅力が再注目されているブリキのおもちゃだが、実は、北原さんがコレクションを始めた頃には、絶滅の危機にあったことをご存じだろうか?





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