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上海に万博がやってきた――。中国随一の経済都市の「今」を旅人の目線で見てみようと、神戸から船で上海に向かった。その模様を2回に渡ってお届けする。第2回は、激動の時代を生き抜いた街並みや人々を追う。

明代の富豪の庭園や古い街並みを再現した商店街が人気の「豫園(よえん)」。工芸品屋台や名物「南翔小籠包」などを求めて観光客が押し寄せ、年中無休で縁日のような活気をみせる。上海の多くの場所がそうであるように、万博を契機に一帯は整備され、真新しく舗装された周辺の道路は歩道も広々、ゴミひとつない。だが抜け道を行こうと横丁に入ったところで、思わず足が止まった。
道幅2メートルもない路地裏にひしめきあう古びた建物。路地を挟む家の間には物干し竿(ざお)がかかり洗濯物がはためく。観光客の姿は消え、ランニングシャツにステテコ、あるいはパジャマ姿の住人たちばかり。竹のいすでくつろぐおばあさんやマージャン卓を囲むおじいさん、年代物のアイロンを据え付けた仕立屋、いす1脚だけの路上床屋……。古い建物の取り壊しが進む上海だが、ちょっと路地裏に入ると日本の昔の下町のような風景があたり前に広がっている。
200メートルほど歩いてまた大通りに抜けると、大きなショッピングモールが眼前に。急に現実に引き戻された。
多くの外国人が挙げる上海の魅力が、古い街並みの美しさだ。
貿易港として古くから活用されてきた上海が大きく発展したのは清朝末期、諸外国に開港されてからのこと。ヨーロッパや日本の文化が上海の風物と交じり合い、独特の空間を生み出した。破壊されたものも多いが、各国が拠点を置いた租界(そかい)地区には今もその面影が色濃く残り、なかでもプラタナス並木や瀟洒(しょうしゃ)な洋館が残る衡山路周辺は人気の散策スポット。外国人富裕層のお屋敷だったこれらの洋館は「老房子(ラオファンズ)」と呼ばれ、共同住宅や外装を生かした店舗として今も多くが現役だ。
撮影のため、老房子の1軒をのぞいてみる。洗濯物を干していた住人らしきおばさんは、慣れているのかカメラを抱えた外国人を全く気にしない。こういった共同住宅は、洋館の中の部屋を小分けした簡素な作りで、多くがトイレは共同で風呂もないため、上海人たちはもっと近代的なマンションに住みたがるのだという。
アールデコ調の門扉が美しい3階建ての建物を見上げると、クラシカルな白い出窓が付いている。そこから付き出しているのは、物干し竿群とカラフルな洗濯物。
「いいですね」
町川氏が何度もシャッターを切る。こんな風景の丸ごとが、外地人を魅了する。

「上有政策、下有対策(上に政策あれば、下に対策あり)」
中国でよく使われる慣用句だ。訪れるたびに感じるのは、この国の人々の現実主義、そして個人主義だ。政府の号令に従うと同時に抜け道を探す。報道に目配りしながら信用するのは主に口コミ。古いものは不要といいながら、必要と感じれば鮮やかに再利用する。そうやって救われた文物や建築物もあるが、もっと生々しい話も耳にする。例えば、国から与えられ安い家賃で住んでいた老房子を高値で外国人にまた貸しする、といったことだ。
取材途中、市場に立ち寄った。街のクリーン化で上海の露天市場はほぼ消滅したというが、なくなったわけではない。例えばアートスポット・田子坊でも、ギャラリーが入るある集合ビルの1階はフロア全部が市場である。土の香りがする野菜、まだ生きている魚や鶏、量り売りされる肉などが並び、買い物客で大にぎわいだ。
市場の入り口では、買い物袋を抱えて談笑するおばちゃんの横で、欧米人旅行者がガイドブックとにらめっこをしていた。






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