築地市場におけるイチゴ戦国時代は1987年ごろに起こった。イチゴはそれまで、生産地近辺で消費されていた。イチゴは実が柔らかく、あまり日持ちがしない。そのため、リンゴやミカンのように、生産地から全国へ流通するものではなかったからだ。実際、主産地である関東3県と九州で栽培されるイチゴの全国シェアは20年前には24%に過ぎない。しかし現在は51%に達する。上位5県だけとっても全国シェアは45%。その席巻ぶりがわかる。
ここまでイチゴが全国区になった背景には、流通革命と品種改良という二つの要素があった。

福岡のイチゴは農家で摘み取られ、農協で箱詰めされると一旦冷蔵庫で冷やす。冷たい方が、身がしまり、輸送の際に痛みにくくなるからだ。そのあと低温輸送のトラックに載せて、各地の市場へ。トラックが出発してからおよそ17時間後には東京の築地市場に到着する。翌日の朝には十分間に合う計算だ。九州の主な産地である福岡、佐賀、熊本、長崎などの高速道路網の整備により、市場は大きく拡がった。
さらに、イチゴの中でも単価の高いものになると、空輸されることも増えてきた。空輸であれば農協の出荷から早ければ5時間で東京の市場に到着し、関東圏と遜色(そんしょく)のない時間となる。
日持ちの高い品種が開発されたことも、イチゴが全国商品になったことに大きく貢献した。福岡で生まれた「とよのか」はその前の「春の香」に比べると、ただ味がよいだけでなく、収穫量が多く長持ちするという特徴を持っていた。品種改良でもうひとつの重要な要素は、イチゴが実る時期である。たとえば、「ダナー」という一世を風靡(ふうび)したイチゴは、主な収穫時期は1月から6月であった。12月のクリスマスには間に合わない。早い時期にできればできるほど、単価が上がるため、「早出し」を狙った品種改良が進んだ。今市場に出回っているイチゴのほとんどは、11月から収穫できるものである。
流通革命と品種改良によって、イチゴ農家は、地元だけの消費ではなく市場を全国に広げることが出来るようになった。ついに、今までは交わることのなかった2大生産地である関東(栃木・茨城・千葉)と九州(福岡・佐賀・熊本・長崎)の戦争が始まった。

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