1964年に東京オリンピックが開催され、東京−大阪間の新幹線が開通。日本中が高度成長に酔っていた。一方で、豊かになっていく生活が、他の生物や地球環境に負荷を与えていることを指摘する人が現れたのもこの時代だ。
1962年、現在もまだ静かに影響力を持ち続けている1冊の本が、生物学を学んだアメリカの女性作家レイチェル・カーソンによって書かれた。 「沈黙の春」という名のその本は、DDTをはじめとする農薬や殺虫剤が生態系や人間に及ぼす危険性を訴え、賛否両論を巻き起こした。それは、環境保護運動が世界へ広がるきっかけとなった。
地球環境に向き合う科学者たちは転機を迎えていた。国立大気研究センター(NCAR)が設立されたアメリカ・コロラド州では、65年、「気候変動の原因に関する会議」が開かれた。
2年後の67年、計算機を使って地球規模の気候変動のシミュレーションをアメリカで続けていた日本人科学者、真鍋淑郎氏が、大気中の二酸化炭素が2倍になると、地球の平均気温が2度上昇するという計算結果を発表。現在と比べれば単純な計算結果ではあったが、二酸化炭素の増加が地球に与える影響について、世界で初めての説得力ある計算結果だった。
※本ページのテキスト・図版・写真は『気候変動+2℃』より抜粋して構成していま す。
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