無茶々園の事業は、なぜ、ここまで広げられたのだろうか。
成功のカギは安全な食品を求める理解ある消費者へ直接販売を行ったこと。それによって市場出荷よりも3割程度、ときには4割近くの高値で出荷が可能となった。また販路の拡大よりもむしろ、消費者への情報伝達に力を入れたことだといえる。
なかでももっとも重要と考えているのが消費者との直接対話だ。東京での定期的な交流会を年に2、3回行うほか、地元愛媛県での産地見学は年間20回以上開催されている。
「私たちがお付き合いさせていただいているのは、宅配型生協の組合員さんと、個人会員さん。店舗での販売と違って、いずれも相手が特定できるんです。しかも、私たちの栽培内容や理念について関心をもってくださる人ばかり。だったら直接話して、自分たちのことを知っていただくことが一番です」
産地見学では、みかん畑に入ってもらい、土の感触やもぎたてのみかんのおいしさ、そして山の急斜面で行われる農作業の大変さをともに体験する。よいことばかり宣伝するのではなく、苦労も率直に伝えて理解を得ることで、消費者を「応援団」に変える。これが、無茶々園のスタイルだ。
売り手の顔が見えているから、ジュースなどの加工品製造に着手するときも、みかんの消費者にどんな加工品を作れば買ってもらえるのかを聞く。そのため大きな失敗をすることもなかった。こういった原始的ともいえる活動が、彼らの安定した経営の支えとなっている。
無茶々園は今年で設立33年を迎えた。確かな成長を続けてきた無茶々園の現在を、宇都宮さん自身は「世代交代の段階」と評する。
地域に無茶々園の輪が広がったとはいえ、全国の農産地同様、後継者問題は深刻だ。また30年という年月は人だけでなく、果樹の高齢化も進んでいるため、大規模な改植が急務となっている。
こうした状況がもたらす収穫量の減少にともない、周辺地域にも仲間を求める活動を開始した。
「売り先さえあれば、できるだけ農薬を使わずに栽培したいと考えているみかん農家はたくさんいます。そういう人たちに、どんどん仲間になってもらいたい」と、宇都宮さん。一昨年から無茶々園に参加した隣町の生産者は「かつては夏場、気温30度を超すなかでカッパを着て、薬品の匂いではきながら殺虫剤をまいていた。農薬を減らすことで、収穫量の減少は避けられないが、それでもあのころの生活には戻りたくない」と語る。
また、ベトナムをはじめとするアジアの国々と連携し、「世界に無茶々園を作る」計画も進行中だ。「地域の活性化はもちろん大切ですが、それを成し遂げるには、もっと視野を広げて世界とつながらなければならない、というのが三十数年目の実感です。地元を変え、世界を変えていく。夢のようですが、そんな気持ちでやっています」
「大地とともに心を耕せ」を合言葉に、エコロジカルな町づくり、社会づくりへの活動が続いている。
無茶々園のホームページ:http://www.muchachaen.com/
(更新日:2007年03月27日)
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