化学合成農薬にできるかぎり頼らず、環境に負荷をかけないみかん作りをする――愛媛県・西予(せいよ)市の地域共同組合「無茶々園(むちゃちゃえん)」。住みよい地域づくりまでも視野に入れた彼らの活動は、土地に暮らす人々や新たに集う人々にまで影響を与えているという。その活動について代表の宇都宮俊文さんに聞いた。
農業のなかでも、とくに農薬の使用が不可欠とされるくだものの栽培。しかし、無茶々園の柑橘(かんきつ)類は、農薬を使わない栽培が原則だ。天候不順や害虫の発生など不測の事態でも、農薬使用を3回までにとどめることを基準としている。
とても厳しい基準に思えるが、現在、西予市・狩浜(かりはま)集落では55人、近隣町村を中心に愛媛県全体では130人の生産者が無茶々園に所属している。ひとつの地域でこれほどの人々が農薬を削減した農業を実践しているのは、全国でも珍しいという。

無茶々園の発足は1974年。農業基本法のもとで、あらゆる農産物が各地域に振り分けられ、そこで専門的に栽培を行っていく「選択的拡大」が推し進められていた時代のことだ。全国の農産地では、生産競争が激化し、みかん産地も生き残りのためにあらゆる手段を講じた。それは結果的に、農薬や化学肥料に依存したものへと突き進むことになった。
脅かされたのは、食べる側の安全だけではない。頭痛、倦怠(けんたい)感などの中毒症状や、土壌汚染、水汚染等々――実は生産者自身こそ、農薬の被害者だった。しかも、そうまでして育てた作物の価格は、日に日に下落していく。
その状況を、なんとか変えたい。もう一度、農の喜びを取り戻したい。そんな、焦りに似た思いから、農薬や化学肥料に頼らない産地・無茶々園は誕生した。
当然のことながら、農薬削減を実践するだけでは農業という「事業」は成り立たない。有機農業という言葉が一般化していなかった当時、こうした農業をするためには「互いに理解しあえる消費者に出会うことがまず大きな一歩やったと思います」と宇都宮さんは言う。
食品のなかでもくだものは、とかく見た目の美しさが重視される作物だ。農薬を削減したために見た目が悪くなれば、たとえ味がよくても、一般市場ではほとんど値がつかない。発足から1、2年は「農薬を使わずにおいしいみかんを育てることができても、売り先がない」(宇都宮さん)状態だった。
そこで無茶々園は、「安全でおいしいものが食べたい」と願う消費者に販路を絞り込んだ。発足3年を経て、愛媛県松山市の自然食品店との提携を皮切りに、安全な食品を求める東京の消費者グループの知るところとなった。
海沿いの温暖な気候や水はけのよい土質などの恵まれた条件に加え、有機質肥料でじっくりと育てた無茶々園の柑橘類は「安全なだけでなく、味がいい」「ただ甘いだけでなく、糖酸のバランスがとれた昔のみかんの味がする」と評判になり、続く5年後には首都圏の生活協同組合への出荷が始まった。その後は自然食品店、量販店、学校給食等へと、着実に販路が拡大していった。
2007年現在、出荷先はおよそ100カ所。ほぼ口コミのみで広がったという個人会員数は、9千人を数える。

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