




イリオモテヤマネコで知られる西表島は、沖縄本島から約450キロ、台湾からは約200キロしか離れておらず、県内では本島に次ぐ大きい島だ。9割が熱帯雨林に覆われ、美しい海や川を目当てにカヌーやダイビング客が訪れる。
しかし、最果ての離島には、長い間物資が思うように届かず、人々は亜熱帯の豊かな自然の恵みを積極的に採り入れて暮らしてきた。米を作り、漁に出て、貝を拾い、イノシシを捕り、野草を摘み、食卓にあげる。かごやほうき、はきものや笠などの生活用品も、植物の葉や根などから作った。
西表島西部の干立村(ほしたてむら)には、昔ながらの生活習慣が残っている。村では10棟のペンションを運営し、島の伝統的な暮らしが体験できるエコツアーを宿泊客に提供している。
イノシシや、マングローブ林に生息する大きなカニのノコギリガサミなどと並んで、西表島で伝統的に食されてきたもののひとつが、シレナシジミだ。本州などで獲れるシジミは1〜2センチほどだが、シレナシジミは手のひらほどの大きさだ。西表の方言では「キゾ」。奄美大島以南のマングローブ林などに分布する貝で、マングローブシジミとも言われている。
エコツアーでは、シレナシジミを採りにマングローブ林へ、ヒカゲヘゴを採りに山へと連れて行ってくれる。
「この貝はダシがよく出るからね、昔はスープによく使ったよ」。案内人の村の長老、宜間正二郎(ぎませいじろう)さん(75)が、貝を探しながら言う。
キゾは海水と淡水の混ざり合うマングローブ林の浅瀬に生息する。貝を見つけるのは簡単だ。潮が引いた時間にマングローブ林に出向き、鎌を土に入れると「カチン」と音がする。手で掘ると黒々としたキゾが顔を出す。宜間のおじさんはそうやって、あっという間にいくつもの貝を拾い上げている。
私も、おじさんと同じように土に鎌を入れる。でも、貝に当たる音はせず、刃の跡が土につくだけだ。
「水のあるところでやらんと」。おじさんが教えてくれる。潮が完全に引いた土でなく、少し水たまりになっているところでないと貝は生きていけないと言う。
やっと鎌が貝にあたるようになっても、おじさんのスピードにはかなわない。彼が鎌を土に入れると、ほぼ確実に貝に当たる。勝率は3割というところだ。
「よし、これぐらいでいいだろう」。おじさんは言って、集めた貝の中から小さなものを選んで放り投げた。「大きくなって帰ってこいよ、って置いてくさ」
十分に育ったものを、必要なだけしかとらない、というのが自然の恵みをいただくときの鉄則だ。
キゾ取りが終わると、ヒカゲヘゴを採るため宜間さんの田んぼがある山に向かう。ヒカゲヘゴはシダの仲間で屋久島以南に分布する植物だ。西表の方言で「バラピ」と言うが、食感がダイコンに似ているため、ヤマダイコンとも呼ばれる。バラピが使われるのは祭のとき。農事暦にのっとり、干立村では年に3回、豊作を祝う大きな祭が行われる。バラピやタケノコや昆布など海・山の9品のご馳走をつめたお重を作り、神様に供える。祭に帰ってくる村出身者の中には懐かしさのあまり、バラピをおみやげに持って帰る人もいる。ほかでは決して口にできない、ふるさとの珍味だ。
宜間のおじさんは3メートルほどに育った1本を選び、幹の部分を上から50センチぐらい切り取った。鉈(なた)を上手に操りながら、みるみるうちに外皮をはぐ。内側は白くてやわらかい層とキャラメル色の樹液の層が幾重にもなり、芯が食べられる部分だ。下ゆでしてあくを取り、煮ながら味付けすると、ダイコンの煮物のようになる。食感は、ダイコンとイモの中間のような、ほっこりした感じだ。



夕方、キゾの調理を見学した。干立村が運営する宿では、地元の食材を使った伝統的な食事を村の女性たちが作る。
「キゾはね、砂をいっぱい食べているからよく洗わんと」
村いちばんの料理上手、与那国美津子さんは、沸騰したお湯に貝を入れながら言った。
貝の口が開きかけると、すぐに引き上げて中身を取り出し、形を崩さないよう水で洗いながら砂の詰まった袋を慎重にはずしてゆく。キゾには白っぽい貝と黒い貝があり、白っぽい貝の中身は白く、黒っぽい貝の中身は黒い。
「白と黒、ひとつずつ盛りつけようね」
バター炒めにした丸のままの中身は貝の器に盛られ、食べやすい大きさに切られたキゾは、アーサという海藻と一緒にお吸い物になった。キゾは、弾力があり、歯ごたえがある。味はシジミよりホタテ貝に近い。
「昔はこれを食紅で染めて、祭のときのお供えにしたこともあるのよ」
マングローブ林のキゾと、山のバラピ。昔は貴重な食材だったが、今は何でも手に入る時代。下ごしらえに手間ひまのかかるキゾやバラピを、地元の人が日常的に食べることはほとんどなくなった。

【ツアーの問い合わせ先:イルンティフタデムラ】http://www.hutademura.org/

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