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エコぜみなーる

Vol.10 森を知る 森と生きる 技が支える 山里で哲学する 〜自然が好きか、村が好きか〜

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内山節(うちやま・たかし)さん プロフィール
1950年東京生まれ。哲学専攻。立教大学大学院教授。著書は「自然と労働」「自然・労働・協同社会の理論」(ともに農山漁村文化協会)、「<森林社会学>宣言」(有斐閣)、「山里紀行」 (日本経済評論社)、「哲学の冒険」(平凡社)など多数。NPO法人「森づくりフォーラム」代表理事、「文化遺産を未来につなぐ森づくりの為の有識者会議」代表。
上野村を流れる神流(かんな)川本流・支流ではヤマメ、イワナ、アユなどが泳ぐ。
村の94%は森林が占め、主な農産物は養蚕、コンニャクなど。長年自給自足的な農林業で成り立っている。
村の西から東に神流川が流れ、本支流沿いの標高400〜800メートルの位置に小集落が散在している。隣接する長野・埼玉県境とは1000〜2000メートルの急峻な山に囲まれている。
上野村の人口は約640世帯1500人。70代の人口が一番多い。村ではさまざまな定住支援制度を用意して、若者にIターン、Uターンを呼びかけている。

村で暮らす理由

立教大学大学院教授の内山節さん(56)は、群馬県西南端に位置する多野郡上野村に居を構え、1年のうち約三分の一を過ごしている。上野村は、南東は埼玉県秩父市に接し、南西は長野県佐久市に接する人口約1500人の村だ。

若いころから渓流釣りを楽しんでいた内山さんが、釣りをするために初めて上野村を訪れたのは今から35年前。鉱泉旅館を定宿として東京と上野村を行き来した後、10年前、バス停のある県道から2キロほど入った10軒たらずの集落内で、小さな山林つきの家を譲り受けた。

東京で育った内山さんが、なぜ上野村に魅せられ、多くの著書で森林問題、農村問題に対する発言をしているのだろうか。

近著「『里」』という思想」」(新潮社)の中で、内山さんは「なんとなく」この村が気に入り、「なぜ上野村なのか」という問いに対して、そもそも理由などなかったのかもしれない、と自問する。しかし村の暮らしが好きな理由のひとつとして、こうも言っている。

「村で暮らしていると、私たちは一代では作りだしえないものに支えられて生きている、と感じられる。そのことが、ある時代を生きている人間とは何かを、自ずと気づかせてくれる。自然の長い歴史。村の長い歴史。村で暮らすさまざまな技を作り、伝えてきた長い歴史。そういった一代では作りだせないものに支えられて、人はある時代を生きる」

村で暮らして知る、村人の知恵

内山さんは、春になると山に山菜を採りに行き、畑にジャガイモの作付けをする。キュウリやインゲン、ナスなど夏野菜のための支柱作りもする。その支柱に適した木は山に切りに行く。村人は、野菜の支柱に適した木、鍬(くわ)の柄に適した木、もちつきの杵(きね)に適した木を知っている。キノコの見分け方も、炭の焼き方も知っている。

「森を見ることとは、技を持って見るということです。それを村の人たちに教えてもらいました」

決して一代では作り出せないものが、村人の「森を見る技」だという。森が森であり続けるということを通して、そこに住む人間に、何世代にもわたって多くの知恵を与えて続けてきたのだ。

しかし、林業の不振や農業の競争力の低下で、村人の「技」が未来につなげられない危機に瀕している。内山さんが上野村と関わってきた35年の間に、会社勤めの人が増え、集落では高齢化が進んだ。これは上野村に限ったことではない。全国の農村や山村で過疎化、高齢化が進んでいる。

「農業の対応力はまだあります。野菜作りは一年サイクルだから毎年修正がきく。ひとりの工夫で販路も開拓できる。しかし林業は50〜100年のサイクルだから修正が難しい」

内山さんがNPO「森作りフォーラム」の代表理事をつとめ、森林ボランティア活動に取り組んでいるのも、森があるからこそ伝承されてきた技を、後世につなげようとする思いからだ。

自然好きは別荘、村好きは移住

上野村の人口は、50年前の約5千人から1500人に減少している。過疎は村にとって深刻な問題でもある。しかし内山さんは決して悲観的ではない。村の暮らしが最高だと思っている人たちがいる。数は多くないが、都会から来て村で暮らし始める人もいる。現在、村民のうち150人が都会からの移住者だという。

都会から農村へ移住することの意味を内山さんに聞くと、「自然が好きか、村が好きか」によって、暮らし方が違うと言う。

「自然が好きなら別荘暮らしのほうがいい。村の共同体も含めて村が好きなら、移住するほうがいい。村人から見ると、村に不足している「技」は歓迎されます。プロである必要はない。金もうけにはならないがこんな仕事ができる人がいるとうれしい、というニーズもあります」と言って、思いつくままに上野村での例を挙げてくれた。パン屋、旅行代理店、ラーメン屋、タクシー運転手、便利屋。

「これまでの経験を生かそうなんて考えない方がよい。村には、仕事はいっぱいあります」

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