




立教大学大学院教授の内山節さん(56)は、群馬県西南端に位置する多野郡上野村に居を構え、1年のうち約三分の一を過ごしている。上野村は、南東は埼玉県秩父市に接し、南西は長野県佐久市に接する人口約1500人の村だ。
若いころから渓流釣りを楽しんでいた内山さんが、釣りをするために初めて上野村を訪れたのは今から35年前。鉱泉旅館を定宿として東京と上野村を行き来した後、10年前、バス停のある県道から2キロほど入った10軒たらずの集落内で、小さな山林つきの家を譲り受けた。
東京で育った内山さんが、なぜ上野村に魅せられ、多くの著書で森林問題、農村問題に対する発言をしているのだろうか。
近著「『里」』という思想」」(新潮社)の中で、内山さんは「なんとなく」この村が気に入り、「なぜ上野村なのか」という問いに対して、そもそも理由などなかったのかもしれない、と自問する。しかし村の暮らしが好きな理由のひとつとして、こうも言っている。
「村で暮らしていると、私たちは一代では作りだしえないものに支えられて生きている、と感じられる。そのことが、ある時代を生きている人間とは何かを、自ずと気づかせてくれる。自然の長い歴史。村の長い歴史。村で暮らすさまざまな技を作り、伝えてきた長い歴史。そういった一代では作りだせないものに支えられて、人はある時代を生きる」
内山さんは、春になると山に山菜を採りに行き、畑にジャガイモの作付けをする。キュウリやインゲン、ナスなど夏野菜のための支柱作りもする。その支柱に適した木は山に切りに行く。村人は、野菜の支柱に適した木、鍬(くわ)の柄に適した木、もちつきの杵(きね)に適した木を知っている。キノコの見分け方も、炭の焼き方も知っている。
「森を見ることとは、技を持って見るということです。それを村の人たちに教えてもらいました」
決して一代では作り出せないものが、村人の「森を見る技」だという。森が森であり続けるということを通して、そこに住む人間に、何世代にもわたって多くの知恵を与えて続けてきたのだ。
しかし、林業の不振や農業の競争力の低下で、村人の「技」が未来につなげられない危機に瀕している。内山さんが上野村と関わってきた35年の間に、会社勤めの人が増え、集落では高齢化が進んだ。これは上野村に限ったことではない。全国の農村や山村で過疎化、高齢化が進んでいる。
「農業の対応力はまだあります。野菜作りは一年サイクルだから毎年修正がきく。ひとりの工夫で販路も開拓できる。しかし林業は50〜100年のサイクルだから修正が難しい」
内山さんがNPO「森作りフォーラム」の代表理事をつとめ、森林ボランティア活動に取り組んでいるのも、森があるからこそ伝承されてきた技を、後世につなげようとする思いからだ。
上野村の人口は、50年前の約5千人から1500人に減少している。過疎は村にとって深刻な問題でもある。しかし内山さんは決して悲観的ではない。村の暮らしが最高だと思っている人たちがいる。数は多くないが、都会から来て村で暮らし始める人もいる。現在、村民のうち150人が都会からの移住者だという。
都会から農村へ移住することの意味を内山さんに聞くと、「自然が好きか、村が好きか」によって、暮らし方が違うと言う。
「自然が好きなら別荘暮らしのほうがいい。村の共同体も含めて村が好きなら、移住するほうがいい。村人から見ると、村に不足している「技」は歓迎されます。プロである必要はない。金もうけにはならないがこんな仕事ができる人がいるとうれしい、というニーズもあります」と言って、思いつくままに上野村での例を挙げてくれた。パン屋、旅行代理店、ラーメン屋、タクシー運転手、便利屋。
「これまでの経験を生かそうなんて考えない方がよい。村には、仕事はいっぱいあります」


「みんなで止めよう温暖化」を合言葉とする、地球温暖化防止のための国民的プロジェクトです。暮らしの中で誰もが出来る「6つのアクション」から身近なものを実践すれば、あなたにも温室効果ガスを削減することができます。
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。